1790年5月23日生まれ。ラングドック地方出身のプロテスタント難民を先祖に持つジュネーヴの一家の四番目の子として誕生しました。プラディエの父はジュネーヴにある小さな宿屋「エキュ・ド・フランス(l'Ecu de France)」の経営者でした。小市民層に属していたものの、家庭は決して裕福ではなく、子どもたちに正規の教育を受けさせる余裕はありませんでした。そのため父親は、息子たちが年季奉公に入れる年齢(当時12〜13歳)になると、それぞれ徒弟として職人のもとへ送り出すことを決めました。プラディエと兄のシャルル=シモン・プラディエは、ジャン・デタラのアトリエに入り、時計のケースへの彫刻(グラヴール)の技術を習得しました。特に優秀な弟子は公立デッサン学校への入学が認められており、ジャン=ジャックと兄はそれぞれ1804年4月11日と4月23日に入学しています。まもなく兄シャルル=シモンは絵画の才能を発揮し、ジュネーヴ市から奨学金を得てパリへ渡り、さらなる研鑽を積むことを決意しました。